最近、本を読んでいてビビッときた言葉がある
それはブッダの心理のことば感興のことばに書かれていた。
まだ悪の報いが熟しない間は、悪人でも幸運に遇うことがある。
しかし悪の報いが熟した時には、悪人は災いに遇う。
まだ善の報いが熟しないあいだは、善人でも災いに遇う
事がある。しかし善の果報が熟した時には、善人は幸福に遇う。
「その報いはわたしには来ないだろう」と思って、悪を軽んずるな。
水が一滴ずつ滴りおちるならば、水瓶でもみたされるのである。
愚かな者は、水を少しづつでも集めるように悪を積むならば、
やがて災いにみたされる。
「その報いはわたしには来ないだろう」と思って善を軽んずるな。
水が一滴ずつ滴りおちるならば、水瓶でもみたされる。
気をつけている人は、水を少しずつでも集めるように善を
積むならば、やがて福徳にみたされる。
この言葉を見て僕はハッとさせられた。
世の中は不公平だ、悪人が得をし、正しく生きている者は損をすると
言われている世の中だ、しかし
それはまだ自分が代償を払える許容範囲を超えていないから
「ほら、何も起きてないだろう」と調子に乗っている愚者を
見て自分が勝手に落胆しているだけだというのと
幸福というものも同じく「あ、幸せ」と感じる
ラインが人にはあってそれを超えてはじめて人間は幸福を得る
のだと思ったのでとりあえず自分の幸福のラインがどの位置にあるのか
日々点検してゆかねばならぬと思った我輩であった。
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